泡盛からAWAMORIへ

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2016年6月に思い立った泡盛の企画です。

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企画書 pdfファイル →
awamori_idea : date:June.7.2016

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毎年春、県内では泡盛出荷量減少のニュースが流れ、本年も11年連続減少という寂しいニュースを目にしました。 泡盛製造業等振興策検討委員会が公表した泡盛の出荷量・売上高の推移予測(仮試算)によると、消費拡大策がないまま 減少傾向が続いた場合、2015年度から25年度の10年間で出荷量は4割減、売上高は半減することが明らかになっています。 また、2017年に期限切れを迎える復帰特別措置の酒税軽減が撤廃されると減少幅は拡大すると予想されています。 (※沖縄タイムスより)

現在消費拡大策として、減少の主な要因と考えられている「若者のアルコール離れ」という観点から新しい泡盛の飲み方 (泡盛カクテルの考案)や、沖縄県からの琉球泡盛県外展開強化事業補助金の交付決定を前提としたコンペティションなどにて 県内外へさまざまな展開を行っています。

 

泡盛の出荷量減少理由として一般的に「若者のアルコール離れ」と言われており、現在その事由をターゲットに解決する施策を 練っています。ここ数年の傾向結果に見て取れるよう改善が難しく、根本的な解決に至っていません。 私たちの提案ではターゲット自体を変え、減少理由となる過去のネガティブ要因をターゲットとするのではなく、 泡盛のポジティブな未来をターゲットとする企画となります。

 

 

 

 

泡盛の歴史は一説によると、14世紀後半から15世紀ごろにシャム国(現在のタイ)から琉球に伝えられたと言われています。 15世紀から19世紀まで、中国と日本の権力者へ奉納品として献上され、日本へは薩摩藩を通して徳川幕府へ「琉球酒」 として渡った記録があり、その後、「焼酒」の名を経て、1671年以降「泡盛」となり今に至ります。 また、泡盛は九州で好んで飲まれている焼酎の起源と言われもあり、同じ焼酎類(乙と甲)に入ります。 今回の提案では、そのルーツを活かし、県外へ向けた泡盛の普及を促進し、改めて沖縄県内でも見直される内容となればと考えました。

 

沖縄はさまざまな歴史の中から中国やアジア・アメリカなど多様な文化が混じり合い、「チャンプルー文化」と言われるよう 独自の文化を形成してきました。泡盛は、沖縄特有のお酒として発達し、現在沖縄県内48の酒造所にてそれぞれの黒麹や製法により 様々な味わいの泡盛が作られています。 提案する「泡盛からAWAMORIへ」は、そんな秘伝のレシピといえる泡盛の製法や黒麹を沖縄県外に暖簾分けをするものです。 従来の県内で作られた泡盛を県外へ出荷するのではなく、作り方や文化そのものを県外へ出荷します。 温暖な気候で泡盛製造が可能な県外地域の酒造所にかけあい、泡盛レシピを提供することで、焼酎とはまた違った味わいの泡盛を 新商品として提案する手助けをします。また、それぞれの地域の特性を活かすことで、沖縄では成熟しきったしまったアイディアや 施策に期待でき、そういった情報を得ることで、更な泡盛の活性化に繋がればと考えました。

 

施策の例として、クラウドファンディングや琉球泡盛県外展開強化事業補助金などの力を借りながら、県内泡盛酒造所から数名選定し、 県外(国内外)の酒造所へ泡盛製造の提案を行います。その後、酒造所のマッチアップを行い、新商品「内地泡盛(仮)※1」制作の 手助けを行います。 ※1 沖縄では県産の証として、すでに「琉球泡盛」というブランドが制定されています。

 

実例として、2016年高知県では、土佐泡盛REIHOKUという商品が発売されました。お米の産地でもある土地柄を活かし、高知県産米を 使用、沖縄の泡盛とはまた違った風味があります。そのような取り組みは、地域活性化にも繋がり今後の展開が期待されています。

 

泡盛の魅力はもうすでに沖縄県内だけ抱えきれない成熟期に入ってしまったように思えます。 沖縄県内での対策が出尽くしてしまえば自ずと他者の力を借りる事も大切です。 泡盛は沖縄特産品としての位置づけもありますが、泡盛を発祥の地として県外・国外に送り出す事で、 泡盛文化が成長し、いつの日かまた沖縄へ戻ってくる事で更なる泡盛文化の発展に繋がるのではないでしょうか。

 

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